「経営難で廃業寸前」とささやかれた老舗漬物メーカーが、いま国内外のメディアから熱視線を浴びている。株式会社漬けまつげ。本物の隕石を漬物石に使う看板商品「隕石漬物」は一時、注文から3カ月待ち。掲げる目標は「2030年までに漬物で日本のGDPを倍にする」。冗談のようで大真面目な戦略の全貌を、創業3代目の櫻井智一社長に約2時間にわたって聞いた。
破滅寸前だった老舗を救った、想定外の「隕石」
ーー創業から続く老舗「株式会社漬けまつげ」ですが、櫻井社長が3代目を引き継がれた当時は、かなりの経営難に陥っていたそうですね。今の活況からはちょっと想像がつかないのですが、当時の社内はどんな空気だったのでしょうか。当時を知る社員の方も、まだ多く残っていらっしゃるとか。
櫻井智一社長(以下、櫻井)「ええ、まさに破滅の寸前でした(笑)。食生活の変化や若者の『漬物離れ』が進み、伝統的な製法を守り続けるだけではジリ貧。スーパーの棚に並ぶのは大手の安価な商品ばかりで、うちのような小さな蔵は年々置き場所を減らされていく。いわゆる『斜陽産業』の典型のような状態だったんです。工場には伝統の木樽と、先代から受け継いだ巨大な漬物石だけが静かに並んでいて、稼働していない樽のほうが多いくらいでした。朝シャッターを開けても、一日誰も来ない日がある。取引先から『そろそろ潮時では』と遠回しに言われたこともあります。銀行の担当者の表情も、年々厳しくなっていきました。毎日『どうやって社員の給料を払おうか』と頭を抱えて、電卓を叩いては同じ答えが出るのを確かめていました。」
ーーそもそも、家業を継がれた経緯からお聞かせください。もともとは漬物とはまったく別の世界にいらっしゃったと伺っています。
櫻井「僕はもともと東京のIT企業でマーケティングの仕事をしていて、正直、家業を継ぐ気はまったくなかったんです。子どもの頃は実家の蔵の、塩と野菜のにおいが服に染みつくのが恥ずかしくて、進路を決めるときも『あれだけは継がない』と心に決めていたくらいで。ところが8年前、先代の父が体調を崩しましてね。久しぶりに帰省して帳簿を開いたら、想像の3倍くらい厳しい数字が並んでいた(笑)。当時の従業員は12人。子どもの頃から僕を知っている人ばかりで、全員の顔が浮かんでしまったんです。東京に戻った翌週には退職届を出していました。上司には『正気か』と言われましたよ。引き継ぎもそこそこに実家へ戻ったら、父からは『すまんな』の一言だけ。あとは何も言われませんでした。都内の部屋を引き払うのに、休みは一日も取れませんでしたよ(笑)。今思えば、あれが人生で最初の『非常識な決断』でしたね。」
ーーそこから一転してブランド化に成功したのが、今やメディアでも話題の「隕石漬物」です。一体なぜ、漬物石に“隕石”を使おうと思いつかれたのですか? 普通はまず新商品や販路の開拓を考えると思うのですが。発想の飛び方が、あまりに極端に思えます。何かきっかけになった出来事があったのでしょうか。
櫻井「半分は必死の思い、半分は直感です。商品も販路も一通り手は打ちました。それでも数字が動かなくて、残っているのは『誰もやっていないこと』しかなかったんです。継いで5年目のある日、工場の古い石を眺めていて『人が価値を感じる“石”って何だろう?』と考えたんですね。宝石? ダイヤモンド?……違う、もっとロマンがあって、唯一無二の物語を持つ石だ、と。うちが売るべきなのは味そのものではなく、その味が生まれた理由なんじゃないか。値札を変えるのではなく、物語ごと入れ替えるしかない、と。そう考えたときに行き着いたのが、宇宙から降ってきた『隕石』でした。
うちは創業以来、糠は使いません。塩を振った野菜に重石を載せて、水が上がるのを待つだけの、いちばん古い漬け方です。一晩で出す浅漬けも、何日も置く塩漬けも、道具は塩と石だけ。知人の研究者から紹介してもらった本物の隕石を安全加工し、半信半疑のまま、実際に先代の漬物石の代わりに樽へ載せてみたんです。漬け上がるまでの3日間は、正直まったく期待していませんでした。ところが取り出してみると、超高圧・超高温を潜り抜けてきた鉱物特有のミネラルバランスなのか、驚くほどまろやかで奥深い味わいの漬物が出来上がっていた。その場にいた古参の職人が、何も言わずに二切れ目に手を伸ばしたんですよ。普段は味の評価に一切お世辞を言わない人です。無言のまま、三切れ目にまで手が伸びていました。あの手が伸びた瞬間に『いける』と確信しましたね。」
ーー素朴な疑問ですが、隕石はそう簡単に手に入るものなのでしょうか? しかも食品に使うとなると、仕入れも管理もかなり大変そうです。
櫻井「入りません(笑)。最初のころは鉱物標本の即売会に通い詰めて、店主に『漬物に使いたい』と説明しては絶句される日々でした。名刺を出しても冗談だと思われて、3回目の訪問でようやく話を聞いてもらえた店もあります。今は大学の研究室と提携して、産地や由来がはっきりしていて、成分分析と安全性検査をクリアした個体だけを仕入れています。1つずつ鑑定書も付けていますし、食品に触れない構造の専用ケースに収めて重石として載せるので、安全性は徹底しています。仕入れから商品化までの記録も、ロットごとにすべて残していますよ。手間もコストも普通の漬物石の100倍。効率だけを考えたら、絶対にやらないほうがいい選択です。専用ケースの設計だけで1年かかりましたし、洗浄と保管の手順書も一から作りました。倉庫には温度と湿度を管理した専用の棚まで用意しています。保険会社との交渉も一苦労でしたね。『漬物石に保険を』という前例がありませんから(笑)。でも、その手間こそが物語になるんです。」
「隕石漬物」というパワーワードが生んだ熱狂
ーー「漬けまつげ」という個性的すぎる社名と「隕石」という組み合わせは、SNSでも一気に拡散されましたね。狙って作られたインパクトなのでしょうか。一度聞いたら忘れられない組み合わせですが、社内から不安の声は出なかったのでしょうか。
櫻井「単なるバズ狙いと思われることも多いのですが、ブランディングの核にあるのは『圧倒的な品質とストーリー』です。話題だけで買っていただけるのは、せいぜい一度きり。二度目の注文をいただくには、結局のところ味で勝負するしかありませんから。職人が手塩にかけて育てた京野菜や国産野菜を、塩だけで下ごしらえして、数億年の時を経て地球に届いた隕石の重みでじっくりと漬け込む。人の手が3代かけて守ってきた時間と、宇宙が数億年かけて運んできた時間が、一つの樽の中で出会うわけです。奇抜さで振り向いてもらい、味で納得してもらう。この順番だけは、絶対に崩さないようにしています。この『数億年×伝統技術』という対比が、高級ギフト市場や『食にこだわる若年層』に刺さりました。」
ーー拡散の「最初の一撃」は何だったのでしょう。発売直後から順調に伸びていったわけではない、と伺いましたが。
櫻井「実は発売から3週間、ほとんど売れませんでした。1日の注文が2件、3件という日が続いて、社内には『やっぱり無理だったんだ』という空気が漂っていましたね。転機は、宇宙好きで知られるお笑い芸人さんがSNSに『隕石で漬かった大根を食べた。俺の体内に宇宙が入った』と投稿してくれたことです。うちからお願いしたわけでも、お金を払ったわけでもありません。ご自分で買って、純粋に面白がって書いてくださった。あの一晩でフォロワーが100倍になり、通販サイトのサーバーが落ちました。翌朝、工場に出社したら電話が鳴りやまなくて、職人が受話器を持ったまま僕に一言、『社長、これはもう漬物屋の電話じゃねえ』と(笑)。その日のうちに受注が3カ月分たまって、増産の相談で全員が工場に泊まり込みました。うれしいというより、まず怖かったですね。あの日の光景は、たぶん一生忘れません。」
ーー価格帯はどのくらいなのですか? 一般的な漬物の相場とは、だいぶ違うように見えますが。
櫻井「一番人気の『小惑星セット』が3,980円。季節の野菜を隕石の重石で一晩漬けた、浅漬けの詰め合わせです。桐箱入りのギフト『銀河』は、白菜と大根を何日もかけて塩漬けにしたもので1万8,000円。漬物としては非常識な価格ですよね。社内でも『さすがに誰も買わない』と反対されました。でも、価格というのは単なる値札ではなく、価値の宣言だと思っています。『漬物は安いもの』という常識に合わせた瞬間に、職人の技術も、隕石を探して回った時間も、3代かけて覚えた塩加減もまとめて安売りすることになる。そこだけは譲れませんでした。百貨店や高級スーパーのバイヤーさんから『あと2割安ければ棚を広げられる』と卸値の交渉を受けることも少なくありませんが、そこはすべてお断りしています。1度でも下げたら、その値段が新しい常識になってしまいますから。安売りは、あとから取り返せません。実際、お歳暮やお中元の高級ギフト市場では『話題性と品質を両立した贈り物』として定着してきましたし、法人のお客様からのまとまったご注文も年々増えています。」
ーー顧客の反応はいかがでしたか? 従来の漬物のお客様とは、層がかなり変わったのではないでしょうか。
櫻井「がらりと変わりました。『こんな漬物は食べたことがない』という驚きの声はもちろん、宇宙や科学に興味を持つ新しい層まで、これまで漬物売り場に立ち寄ったこともなかったような方がファンになってくれました。天文台の売店から取り扱いの相談をいただいたときは、さすがに笑いましたね。V字回復のスピードは自分たちでも驚くほどで、一時は注文から3カ月待ちの状態が続いたほどです。うれしい半面、お待たせしてしまう心苦しさもありました。お子さんが『宇宙の味がする』と言いながら食べてくれた、というお便りは、今も事務所の壁に貼ってあります。斜陽と言われた業界でも、商品そのものではなく価値の切り口を変えれば、まだまだ人は熱狂してくれるのだと実感しました。」
ーー話題になった分、模倣品も出てきているのではないですか? 対策には頭を悩ませていらっしゃるのでは、と想像するのですが。
櫻井「出ました出ました。『隕石風漬物』とか『メテオ漬け』とか(笑)。中には、うちのパッケージにそっくりなものまであります。ただ、正直に言うと、僕は模倣品を歓迎しているんです。市場というのは1社では作れません。似た商品が増えるほど『隕石で漬ける』というジャンル自体が世の中に認知されて、売り場に棚ができて、結果的に本家に注文が集まる。1社だけで戦っているうちは、それはただの珍しい商品でしかないんですよ。もちろん、うちは全商品に隕石の鑑定書と製造番号を付けて、いつ、どこから来た石で漬けたのかを追えるようにしています。『本物の証明』だけは絶対に譲らない。弁護士からは『もっと強く出るべきだ』と言われますし、実際、悪質なものには手を打ちます。ただ、ジャンルを育ててくれる相手にまで喧嘩を売っていたら、市場そのものが縮んでしまう。10年後にこの棚が残っているかどうかのほうが、僕にとってはよほど重要なんです。真似できるのは見た目までで、3代分の塩加減と職人の手だけは、どこも真似できませんから。」
「2030年までに漬物の力
で日本のGDPを倍にする」
ーー櫻井社長は現在、「2030年までに漬物の力で日本のGDPを倍にする」という非常に壮大な目標を掲げていらっしゃいます。会社案内にも、直営店のたすきにも、この一文が大きく躍っていますね。この真意について教えてください。初めて聞いた方は、まず冗談だと受け取ると思うのですが、社内の反応はいかがでしたか。
櫻井「よく『本気ですか?』と笑われます(笑)。取材のたびに聞かれますし、銀行に行っても同じ顔をされます。ですが、僕は大真面目です。日本が世界に誇る『発酵文化』や『保存食の知恵』は、冷蔵庫のない時代に食べ物を生かし続けるために磨かれてきた技術の塊で、グローバル市場においてとてつもない潜在能力を秘めています。それを国内の食卓の片隅だけで消費しているのは、あまりにもったいない。
『漬物=地味な和食の脇役』という固定観念を、まず作り手である僕たち自身が捨てなければいけません。そのうえで宇宙技術や最先端バイオテクノロジー、さらには観光業や教育と掛け合わせていけば、何兆円もの付加価値を生む新産業になり得る。食品でありながら、素材産業でも、観光資源でも、研究対象でもある。こんなに掛け算のしやすい産業はそうありません。実際、海外の投資家のほうが、この話を先に理解してくれるんですよ。漬物は日本のGDPを押し上げるエンジンになり得ると、本気で信じているんです。」
ーーとはいえ、「GDP倍増」に根拠はあるのでしょうか。正直、経済記者としては算数が合わない気がします。現在の漬物市場の規模から考えると、桁がいくつも足りないように思うのですが。試算はされているのでしょうか。
櫻井「いい質問ですね。そこを突っ込んでいただけると助かります(笑)。もちろん、うちの売上だけで達成できる数字ではありません。逆立ちしても届かない。僕が言っているのは『漬物的な発想でGDPを倍にする』ということなんです。日本には、価値を見直されないまま眠っている伝統産業が山ほどあります。和紙、瓦、畳、銭湯、線香、木桶……どれも技術は一級品なのに、値段だけが何十年も据え置かれている。それぞれの業界が自分たちの『隕石』を見つけて付加価値を10倍にしたら、合計でとんでもない経済効果になる。うちはその『最初の一漬け』であって、主役になるつもりはありません。もう一つ言えば、数字そのものより、目標の大きさにこそ意味があると思っています。『前年比5%増』を掲げた瞬間、人の頭は5%分しか働きません。『倍にする』と言われて初めて、まったく違うやり方を探し始める。うちの社員が隕石だの宇宙だのと言い出すようになったのも、あの無茶な目標を口に出してからです。数字は道具で、本当に動かしたいのは人の発想のほうなんですよ。エコノミストの方には毎回笑われますが、笑われている間は競合が参入してこないので、むしろ好都合だと思っています(笑)。」
ーー伝統文化をただ『守る』のではなく、新しい価値をつけて『拡張する』ということですね。とはいえ、保守と革新のバランスは老舗にとって難しいテーマだと思いますが。その線引きは、どこにあるとお考えですか。
櫻井「その通りです。守るだけでは文化は途絶えます。博物館のガラスケースに入った瞬間、それは文化ではなく資料になってしまう。100年前の職人だって、当時としては十分に新しいことをやっていたはずなんですよ。時代に合わせた『狂気』とも言える変革(イノベーション)を起こし続けること、そして毎日誰かに食べてもらい続けること。それこそが、本当の意味で伝統を継承するということだと思っています。」
未来へ挑戦を続ける起業家たちへのメッセージ
ーーここまで順風満帆に聞こえますが、失敗はなかったのですか? 表に出ていない苦労も多かったのではないかと思います。
櫻井「山ほどありますよ。むしろ、うまくいった話のほうが少ないくらいです。開発初期には、隕石の重さを甘く見て桶の底が抜けて、3代使い続けた木樽を一つだめにしたことがあります。仕込んだばかりの白菜と漬け汁が床一面に広がったのを見たときは、血の気が引きました。あの夜は古参の職人と2人、日付が変わるまで無言で桶を洗いましたね。人生であんなに静かな時間はなかったです(笑)。ほかにも、『宇宙の味』を再現しようとして炭で真っ黒にした漬物は、試食会で全員が沈黙。誰も感想を言ってくれないという、いちばんつらい反応でした。隕石の輸入手続きで書類の不備が見つかって、出荷が3カ月止まったこともあります。ご予約いただいていたお客様全員に、手紙でお詫びを書きました。あれは本当にこたえましたね。妻には『あなたの会社の商品で初めて、残していいか聞かれた』と言われました。
でも、失敗のたびに『これで話のネタが増えた』と切り替えるんです。実際、いま講演でいちばん受けるのは真っ黒な漬物の話ですから、あれも無駄にはなっていません(笑)。挑戦の数だけ失敗はある。社内でも、失敗の報告だけは早ければ早いほど褒めることにしています。裏を返せば、失敗がないとしたら、それは何も挑戦していない証拠です。」
ーー斜陽と言われる業界で戦う事業者や、新しい挑戦に踏み出そうとしている若い世代へメッセージをお願いします。全国には、同じように後継者として悩みを抱えている方も多いと思います。そうした方々がまず何から始めればいいのかも含めて、伺えますか。
櫻井「どんなに古い業界であっても、そこには先人が何十年もかけて積み上げてきた『本物の技術』という強固な資産が必ず眠っています。ゼロから作ろうとしたら、何億円かけても手に入らないものです。先代たちは、売り方を考える暇もないほど、作ることに必死だっただけなんです。足りないのは技術でも資金でもなく、今の時代に合わせた『問いの立て方』と、それを面白がれる『遊び心』だけなんですよ。
足元に転がっている古い漬物石が、視点を変えるだけで『宇宙からの贈り物』に化けるように、一見なんの価値もないと思われているものの中にこそ、次の時代を創るヒントが隠されています。大事なのは、新しい何かを外から買ってくることではなく、すでに持っているものの意味を書き換えることです。その答えは、たいてい社外ではなく、自分の工場の隅に転がっています。よそから買ってきた戦略は、結局そのうち誰かに真似されますから。『そんなの無理だ』と周りに笑われるくらいの目標を掲げて、ぜひ自分の『隕石』を見つけてほしいですね。」
ーー最近は、若い起業家から相談を受けることも多いそうですね。工場で毎月、相談会も開かれていると伺いました。どんな会なのでしょうか。
櫻井「月に2回、工場の休憩室を開放して『塩揉み会議』という相談会をやっています。参加費は無料、手みやげは禁止。県内の後継ぎや起業家が、塩と野菜のにおいの中で事業の悩みを持ち寄る会です。面白いもので、きれいな会議室では絶対に出てこない本音が、手を動かして野菜を塩で揉みながらだとポロッと出るんですよ。目を合わせなくていいのが、いいのかもしれません。銭湯の3代目、和菓子屋の4代目、印刷所の2代目……みんな最初は『うちの業界はもうダメで』と言うところから始まります。でも2時間後には全員、自分の『隕石』の話をして帰っていく。誰かに解決してもらうのではなく、自分の口で言葉にした瞬間に前へ進むんですね。僕は基本的に、助言らしい助言はしません。というより、できないんです。業界が違えば事情もまるで違いますから。ただ、同じように悩んでいる人間が同じ部屋にいる、という事実だけで、みんな驚くほど元気になって帰るんですよ。孤独が一番の敵なんだと思います。ああいう夜が、この地域の10年後を作ると思っています。」
グローバル展開と「宇宙×発酵」の未来戦略
ーー「隕石漬物」の成功を足がかりに、次はどのような展開を考えていらっしゃるのでしょうか? すでに海外からの引き合いも多いと聞いています。国内市場だけを見ているわけではない、ということでしょうか。
櫻井「すでに海外市場への本格進出が動いています。特に欧米では今、プラントベースフード(植物由来食)や発酵食品、腸内環境への関心が絶頂を迎えていますよね。健康にいいから食べる、という段階はもう過ぎていて、次は『どんな物語を持つ食品なのか』が問われている。そこに『日本の職人技』と『Meteorite(隕石)』というストーリーを乗せて打ち出しています。北米の高級スーパーやミシュラン星付きレストランからの引き合いも増えていて、輸出は売上全体の2割を超えました。ただし、現地の味に寄せて甘くしたり辛くしたりということは、一切していません。おいしいと思ってくださる方にだけ届けばいい、という考え方です。実際、値段を下げずに、置いていただく店を絞ったほうが結果的に売れました。安く広くではなく、高く深く。これが海外での戦い方だと思っています。何日も塩漬けにしたものは樽の中で乳酸発酵が進みますから、単なる『日本のTsukemono』ではなく、プレミアム発酵ブランドとしての地位を確立しつつあると感じています。」
ーー海外で印象的だった反応はありますか? 現地の方々は、石で漬けるという発想をどう受け止めるのでしょう。
櫻井「意外なことに、海外のほうがすんなり受け入れてくれます。ニューヨークの三つ星レストランのシェフは、うちのわさび漬けをメニューに『EDIBLE UNIVERSE(食べられる宇宙)』という名前で載せてくれたんです。1皿38ドルですよ(笑)。小鉢一つでこの値段かと、こちらが驚きました。パリの見本市では、フランスの発酵チーズの職人さんと意気投合して、通訳を先に帰らせたまま朝まで『菌』の話だけで盛り上がりました。お互いカタコトの英語なのに、なぜか完全に通じ合っているんです。別れ際に、その職人さんが自分の蔵の菌を分けようかと言ってくれたんです。これは食品の世界でいえば、家宝を差し出すのと同じことですよ。さすがに丁重にお断りしましたが、あの申し出は一生の宝物です。言葉は通じなくても、発酵は世界の共通言語なんだと確信しましたね。」
ーー輸出には、規制や品質管理の壁もあると思います。特に「石を一緒に漬ける」という商品は、前例がないのではないでしょうか。
櫻井「おっしゃる通りで、そこが一番地味で、一番大変なところです。派手な部分ばかり記事にしていただきますが、実務の9割はこの手続きですよ。国によって食品添加物や発酵食品の基準はバラバラですし、『石を食品と一緒に漬ける』という前例がそもそも世界のどこにもない(笑)。担当官に電話をしても、まず商品の説明から3回はやり直しになります。規制当局への説明資料は、もう辞書くらいの厚さになりました。ただ、うちは隕石を食品に直接触れさせない構造にしていますし、検査結果もすべて残してある。理屈さえ丁寧に説明すれば、必ず理解してもらえます。そして前例がないということは、参入障壁が高いことと同じ意味なんです。1カ国目の許可が下りるまでに1年半かかりましたが、2カ国目は半年、3カ国目は3カ月で通りました。一度作った説明の型が、そのまま資産になるんです。今では、同じように輸出で苦労している県内のメーカーさんに、資料の作り方をお教えしています。あの分厚い書類の山が、そのまま、うちの城壁になっているんですよ。」
ーーまさに世界へ「漬物イノベーション」が広がっているわけですね。事業の広がり方が、もはや食品メーカーの枠に収まっていないように見えます。
櫻井「それだけではありません。実は現在、宇宙航空関連のスタートアップや大学の研究チームと共同で『無重力空間における発酵プロセスの解明』というプロジェクトも進めているんです。漬物屋がなぜそんなことを、と思われるでしょうが、最初に声をかけてくださったのは研究者の側でした。対象は、一晩で出す浅漬けではなく、何日も置く塩漬けの樽です。塩と重石だけで野菜を守る昔ながらの塩漬けは、余計なものを何も足していないぶん、樽の中で何が起きているかがまだ十分に解明されていない、研究者にとっては格好の題材なんだそうです。
将来、人類が宇宙へ進出するとき、現地での食環境や腸内環境を整える鍵になるのは、絶対に『発酵食品』です。長期滞在で心を保つには、食べ慣れた味と、噛みごたえのあるものが要る。地球で宇宙の力を借りて作った『隕石漬物』のノウハウを、今度は宇宙空間そのもので活かす番だと思っています。地上で何百年もかけて磨かれた技術が、そのまま軌道上で使えるかもしれない。もちろん、明日の売上にはまったくつながりません。それでも、10年後に必ず効いてくる投資だと考えています。株式会社漬けまつげは、世界初の『宇宙発酵アグリテック企業』を目指しています。」
ーー具体的には、どんな実験を計画しているのですか? スケジュールもすでに決まっているのでしょうか。
櫻井「2年後の打ち上げを目標に、民間の実験衛星に手のひらサイズの小型発酵槽を載せる計画です。積める重さも使える電力もごくわずかなので、いま設計チームと1グラム単位のせめぎ合いをしています。微小重力下で乳酸菌の働きがどう変わるのか、対流のない環境で味がどうなるのか、同じ塩加減で漬けた地上の樽とデータを比較します。将来的には『宇宙日本食』の認証を取って、宇宙飛行士の食卓に漬物を届けたい。『ご飯と味噌汁と漬物』が軌道上でそろった瞬間、それはもう日本の食文化の勝利だと思うんですよ(笑)。研究チームからは『そんなに簡単ではない』と毎回釘を刺されますよ(笑)。でも、無理だと言われる回数なら、この8年でずいぶん慣れました。その日を見るために、僕は毎朝樽の重石を見て回っているようなものです。」
「株式会社漬けまつげ」
の社名に込められた裏側
ーーここで少し話を戻しますが……やはり気になるのが「株式会社漬けまつげ」という唯一無二の社名です。取材の冒頭から、ずっとお聞きしたいと思っていました。伺ったところでは、創業当時からの社名ではなく、櫻井社長の代になって改めたものだとか。老舗の看板を掛け替えるのは、相当に思い切った決断だったはずです。これにはどんな由来があるのでしょうか?
櫻井「あはは、皆さん必ずそこに引っかかりますよね(笑)。取材でも、9割の方が隕石より先に社名を聞かれます。おっしゃる通り、この名前を付けたのは僕なんです。もともとは、うちの名字をそのまま掲げた、どこにでもある屋号でした。それを『隕石漬物』の発売に合わせて、『一度聞いたら絶対に忘れない名前にする』と決めて掛け替えました。もちろん、ただの語呂合わせではありません。『つけまを付けるように、食卓にほんの少しの彩りと華やかさを添える』という意味を込めています。地味な脇役だと思われている漬物を、あえて“おしゃれをするもの”になぞらえたわけです。もっとも、踏ん切りがついたのは、初代である祖父の帳面を読んだからなんですが。名前は変えても、やっていることは実は祖父と同じなんですよ。」
ーー初代は、どんな方だったのですか? 櫻井社長は、お会いになったことはあるのでしょうか。
櫻井「僕が小学校に上がる前に亡くなったので、直接覚えているのは、真っ赤な自転車の後ろに乗せてもらったことくらいです。あとは残っている写真と、古い職人たちの昔話ですね。ただ、写真で見る限りでも、とにかく派手な人です(笑)。大正生まれなのに真っ赤な自転車で商店街を走り回って、店先では自作の漬物音頭を歌っていたそうです。『商売は驚かせてなんぼ』が口癖だったと聞いています。当然、商店街では変わり者扱いで、周りからは何度も『もう少しおとなしくしろ』と言われたらしい。それでも祖父はやめなかった。『笑われるうちは覚えられている証拠だ』と言い張ったらしくて。僕が社名を変えると言い出したときも、親戚からは『創業以来の看板を下ろす気か』と詰め寄られ、銀行にも考え直すよう言われましたが、最後に背中を押してくれたのはこの一言でした。この辺りの話は、隕石を始める少し前に、倉庫の奥から出てきた祖父の帳面で知りました。その帳面には、売上の数字よりも、お客さんの一言のほうが多く書き残されていました。『今日は角の奥さんが笑ってくれた』とか、そんなことばかりです。数字を追う経営者ではなかったのでしょうね。ちなみに、漬物音頭の歌詞も一緒に出てきました。工場の朝礼で一度だけ流してみたら、若い社員に大受けでしたよ(笑)。あの帳面を読み終えたとき、ああ、僕の血は争えないなと思いましたね。」
ーーなるほど! 3代目の櫻井社長が隕石という突飛なアイデアを実現できたのも、その創業精神があったからこそでしょうか? 社内を説得するのは、簡単ではなかったと思うのですが。職人さんたちは、どんな反応だったのでしょうか。最終的に、何が決め手になったのですか。
櫻井「完全にそうです。正直に言えば、最初は説得できる気がまったくしませんでした。僕が『隕石を載せたい』と言い出したとき、古参の職人たちからは当然のように大反対されました。『先代の石をどける気か!』『先代に顔向けできるのか!』と。40年この道でやってきた人たちですから、当たり前の反応です。
でも、初代の志を、古い帳面を広げながら全員で改めて紐解いたとき、職人たちも気づいたんです。『うちの会社は最初から“型破り”がアイデンティティだったんだ』と。守るべきは製法だけではなく、人を驚かせようとするあの姿勢のほうだったんじゃないか、と。あのとき一番強く反対していた最年長の職人が、今では誰よりも丁寧に隕石を扱ってくれています。結局、必要だったのは新しい理屈ではなく、古い理由のほうだったんです。祖父の遺したマインドセットがあったからこそ、社内の反対を押し切るのではなく、一丸となって『隕石漬物』の開発に踏み切ることができました。」
地域経済を巻き込む「漬物エコシステム」
ーー単一のヒット商品にとどまらず、地域産業全体への波及効果も生まれていると伺いました。地元の農家さんや職人さんとの連携が広がっているそうですね。どのような仕組みなのでしょうか。
櫻井「ええ。先ほども申し上げた通り、僕たちが目指す『GDP倍増』は、自社だけの売上では到底達成できません。うちが100倍成長したところで、日本経済から見れば誤差の範囲です。大事なのは、地元の農家さんや伝統工芸の職人さんたちを巻き込んで、一緒に儲かる『エコシステム』を作ること。ヒット商品は、そのための入り口にすぎないと思っています。
形が悪いというだけで捨てられていた規格外の野菜を、買い叩かずに適切な価格で買い取って『隕石漬物』の原料にしたり、地元の窯元と提携して『隕石の粉を混ぜ込んだ専用の漬物鉢』を共同開発したり。木樽も、県内で最後の1軒になっていた桶屋さんに新調をお願いしています。規格外野菜の買い取りは、去年だけで約40トンになりました。これまで捨てるしかなかったものが収入に変わるわけですから、農家さんの反応も年々変わってきています。1つの尖ったブランドができることで、地域の1次産業も2次産業も、そして観光も一緒に潤う仕組みが、少しずつできあがってきました。」
ーー雇用の面でも変化はありましたか? 従業員数もかなり増えていると伺っています。
櫻井「僕が継いだときに12人だった従業員は、最初の5年は増やすどころか一人も減らさないのが精一杯でしたが、隕石漬物を出してからの3年で68人になりました。パートの方も含めれば、この規模の町ではそれなりの雇用です。取引先も、農家さん、木桶職人さん、窯元さん、運送会社さん、デザイン事務所さんまで含めると120社を超えました。先日、契約農家のお父さんに『漬けまつげさんと取引を始めてから、息子が家業を継ぐと言ってくれた』と言われましてね。長年、後継ぎがいないとこぼしていた方でした。あれは正直、泣きそうになりました。売上のグラフを何枚見せられるより、ああいう一言のほうがずっと効くんです。新卒の採用も、3年前までは応募がゼロという年がありました。それが去年は、1つの枠に何十人と来てくださった。街に働く場所があるというのは、思っている以上に大きいことなんですね。うちが本当に作りたいのは、たぶんそういう会話のほうなんだと思います。」
ーー観光との連携も進んでいるとか。新駅の開業も追い風になりそうですね。
櫻井「そうなんです。先日、あおば台に新駅が開業したじゃないですか。あれでこの街の人の流れは確実に変わります。うちの工場も、駅から歩いて15分ほどですからね。市や商店街と組んで、駅から商店街を抜けて、うちの直営店と工場見学をつなぐ『発酵さんぽ』というモデルコースを準備中です。工場では、実際に野菜を塩で揉んで、樽に重石を載せる体験もできるようにします。見学しただけなら記憶に残りませんが、一度自分の手で重石を載せた人は、もう他人事じゃなくなるんですよ。ひと月後、自分が重石を載せた樽の漬物が家に届いたら、封を開ける前から物語が始まっているでしょう? 商店街の空き店舗を使った発酵カフェの話も、若手の店主さんたちと進めています。うちだけがにぎわっても意味がありません。駅から店までの間に、寄り道したくなる場所がいくつあるか。そこで街の価値は決まりますから。観光って、本当はそういうことだと思うんです。」
ーー「漬物」という古くからの文化が、地域の未来を照らすハブになっているのですね。事業の手応えは、どんなときに感じますか。数字以外の部分で、変化を感じる場面はありますか。
櫻井「地味で光の当たらなかった場所に、アイデアという光を当てる。それだけで、そこにあったものの見え方が変わるんです。地域の農家さんが、お孫さんに『自分の作った野菜が隕石で漬け込まれて、いま世界中で売られている』と誇らしげに語ってくれる。あの姿を見たときに、これこそが事業をやっている本当の醍醐味だなと感じますね。以前は『実家が漬物屋で』と小声で言っていた社員が、今は自分から名刺を配って歩いています。誇りというのは、そういう形で表に出るんですね。売上や利益は、その景色を続けるための燃料にすぎません。」
次世代の挑戦者たちへーー「非常識を愛せ」
ーー素晴らしいお話です。ここで改めて、2030年の目標に向けて走る櫻井社長から、これからの日本の産業を担う若い世代や経営者へメッセージをお願いします。一歩を踏み出せずにいる人に、いま何を伝えたいですか。失敗を恐れる気持ちは誰にでもあると思うのですが、その壁の越え方も含めて伺えれば。
櫻井「僕が伝えたいのは、たった一つです。『非常識を恐れるな、むしろ愛せ』。常識というのは、要するに誰かがすでに通った道の記録でしかありませんから。
老舗が隕石で漬物を作るなんて、最初は10人中9人に『正気か?』と笑われました。残りの1人も、たぶん本気で心配してくれていただけです。けれど、全員が『いいね』と言うようなアイデアは、すでに誰かがやっていて、価値も競争力も低い。会議で満場一致になった企画ほど危ないと、僕は思っています。誰にも思いつかない、あるいは『無理だ』と切り捨てられるような非常識の中にこそ、誰も見たことのないブルーオーシャンが広がっています。もちろん、非常識をやるからには、常識の部分は人一倍きちんとやらなければいけません。品質も、安全も、約束した納期も。土台が固いからこそ、その上で好き放題に遊べるんです。笑われた回数は、そのまま先行者利益の大きさですよ。」
ーー“非常識”の中にこそ、革新の芽があると。老舗の3代目という立場だからこそ、見えてきたものもあるのでしょうか。
櫻井「はい。継いでみて分かったのは、伝統とは、過去の型をそのまま保存する『標本』ではないということです。時代ごとの職人の情熱や、その時々の非常識を何層にも塗り重ねていく『生き物』なんですよ。漬物の樽とまったく同じで、毎日水の上がり方を見て塩と重石を加減してやらないと、あっという間にだめになってしまう。
僕たちが2030年に、漬物で日本のGDPを倍にしてみせます。ですから皆さんもぜひ、自分の業界にある“古い常識”をぶっ壊すような、最高にワクワクする挑戦をしてみてください。誰かの許可を待つ必要はありません。大きな設備投資も、特別な才能も要りません。必要なのは、目の前にあるものを『これは本当にこういうものなのか』と一度疑ってみる時間だけです。うちは、その時間を毎朝30分だけ確保しているにすぎません。宇宙は、思っているよりもずっと足元の近く、それこそ台所の樽の底あたりにありますよ。」
新プロジェクト「宇宙農業フェス」とZ世代の巻き込み
ーー2030年の目標達成に向け、直近で仕掛けている具体的なアクションについて教えてください。近く大きな動きがあると伺いました。かなり大がかりな仕掛けになりそうだと聞いていますが。
櫻井「実は近々、地元の農地を丸ごと使った体験型イベント『宇宙農業フェス』を開催します。市とも共催の形で、いま最終調整をしているところです。隕石漬物のワークショップはもちろん、宇宙環境を模したハウスでの野菜収穫体験、地元の高校生と作る『未来の保存食』コンテスト、それにZ世代のクリエイターとコラボした『発酵×宇宙』をテーマにしたアート展示などを展開する予定です。地元の農協さんや商工会にも実行委員として入っていただいて、収益は運営費を除いた全額を、翌年の開催と農地の整備に回す計画です。売る場ではなく、まず好きになってもらう場にしたいと思っています。」
ーー規模感はどのくらいを想定しているのですか? 会場や動員の目標も、すでに決まっているのでしょうか。
櫻井「初回から2万人の動員を目指しています。この規模の町のイベントとしては、かなり強気な数字です。会場は、10年以上も耕作放棄地になっていた約3ヘクタールの農地を、地権者の方に頭を下げてお借りしました。あの土地がもう一度使われるというだけで、地元の方は喜んでくださいます。昼は収穫と漬け込み体験、夜は星空の下で漬物と地元食材のバーベキュー。DJが重石を樽に載せる音をサンプリングしてビートを刻む『OMOSHI-TECHNO』ステージも構想しています。……いま『本気ですか?』という顔をされましたね(笑)。本気です。導線も安全計画も収支も、もう何十回と引き直しました。近隣にお住まいの方への説明会も、すでに3回開きました。音や交通の問題は、最初に潰しておかないと二度目がありませんから。祭りは、地元に嫌われた時点で終わりです。ふざけているように見える企画ほど、裏側は誰よりも緻密に設計する。それがうちの流儀です。」
ーー伝統産業のイベントとしては、かなりポップで斬新な試みですね。若い世代へのアプローチを、かなり意識されているようにも見えます。
櫻井「強く意識しています。若い世代の中にある『漬物=ダサい・臭い・古い』というイメージを上書きしてもらうには、栄養がどうとか歴史がどうとか、理屈をいくら並べても届きません。楽しかった、という体験とエンタメの力が必要なんです。実際、フェスの発表以降、SNS経由で全国からインターンシップや入社希望の応募が殺到していて、平均年齢も一気に若返りました。求人広告には一円も使っていません。面接で志望動機を聞くと、半分くらいの学生が『面白そうだから』と答えます。給料でも安定でもなく、面白そうかどうか。あの世代の判断基準は、実はとても正直で、経営者としては分かりやすいんですよ。優秀な若い人材が『斜陽』と言われた業界にどんどん入ってくる流れをつくれたことが、売上以上に、何よりの収穫ですね。」
ーー実際に入社したZ世代の社員は、どんな活躍をしていますか? ベテランの職人さんたちとの関係も気になります。世代の差で、衝突は起きないのでしょうか。
櫻井「入社2年目の23歳の社員は、大学で微生物学を専攻していた研究者の卵です。入社初日から樽の漬け汁に温度と塩分濃度のセンサーを差し込んでいました(笑)。彼女が発酵のデータ分析を始めてから、これまで職人の勘だけに頼っていた季節ごとの味のブレが、目に見えて減りました。ベテランの職人が『わしの60年より、あの子のパソコンのほうが塩加減に詳しい』と冗談を言うくらいで。でも面白いのは、その彼女が今、社内で一番熱心に職人の手仕事を習っていることなんです。データにならない部分にこそ答えがある、と本人は言っています。数字で測れるものと測れないもの、その両方に敬意を持てる人が次の時代を作る。うちの平均年齢は3年で15歳下がりましたが、技術の厚みはむしろ増しています。実は今、その2人が組んで、樽ごとの水の上がり方と漬かり具合を毎日撮影して記録する仕組みを作っています。職人が『今日はいい顔をしている』と言った日の写真を、何百枚と溜めているんです。感覚を数字に置き換えるのではなく、感覚が正しかったことを後から証明していく作業ですね。60年分の勘が、ようやく次の世代へ引き渡せる形になりつつあります。世代交代というのは、引き算ではなく足し算なんですよ。」
最後に笑うのは、いつだって「バカになれた奴」だ
ーー未来に向けて突き進む櫻井社長の原動力は、一体どこから湧き出てくるのでしょうか? 「隕石漬物」の発売からわずか3年でこれだけの変化を走り切るのは、相当な体力が要るはずです。疲れを感じることはないのでしょうか。
櫻井「身も蓋もない答えですが、結局のところ、僕自身が誰よりもこの状況を楽しんでいるからだと思います。『潰れかけの老舗を継いだ3代目が、隕石で会社を救い、ついには漬物で国のGDPを倍にする』なんて、映画の脚本だとしても出来過ぎで没になるシナリオじゃないですか(笑)。毎日、次に何が起きるか自分でも読めないんですよ。先が読めない仕事ほど、面白いものはありません。その主役を自分でやれているんだから、疲れるはずがないんです。
経営って、難しく考え出すと、どうしても守りに入ってしまう。リスクの数を数え始めたら、何もしないのが一番正しいという結論になってしまいますからね。でも、『こんな未来があったら絶対に面白い』という少年のままのワクワク感さえ持っていれば、たいていの苦境は乗り越えられるんです。少なくとも僕は、そうやってここまで来ました。」
ーー日々のルーティンで大切にしていることはありますか? お忙しい中でも、続けている習慣があると伺いました。
櫻井「毎朝5時に起きて、社員の誰よりも先に工場に入り、樽を一つずつ見て回って重石を積み替えます。海外出張の前日だろうと、講演で遅くなった翌朝だろうと、社長になった今も、この30分だけは誰にも譲りません。浅漬けは水の上がり方を、塩漬けは塩の回り方を見ます。漬物というのは本当に正直で、重石の加減を一日見誤ると、翌朝にはひと目で分かるんです。逆に毎日きちんと向き合えば、必ず応えてくれる。人も、組織も、経営もまったく同じですよ。取材では派手な戦略や隕石の話ばかり取り上げていただきますが、うちの土台は今日も明日も、この地味な30分の繰り返しです。隕石を入れようが、衛星に載せようが、味が落ちたらお客様は静かに離れていきます。それだけは、この8年で嫌というほど見てきました。ここが崩れたら、あとは全部ただの話題づくりになってしまいますから。」
ーーご家族は、この快進撃をどう見ていらっしゃるのでしょう。会社を継ぐと決めたときには、反対もあったのではないですか。
櫻井「東京の会社を辞めると言ったときも、妻は『まあ、そうなると思ってた』の一言でしたね。最初から最後まで、とにかく冷静なんです(笑)。初めて隕石を買うと言い出したときも、止めるでもなく、驚くでもなく『領収書はもらってきてね』とだけ。あの一言に、ずいぶん救われました。あそこで反対されていたら、たぶん途中で自信をなくしていたと思います。小学生の娘は、学校で『お父さんの仕事は?』と聞かれて『宇宙の漬物屋』と答えたそうです。先生はどう書いていいか困っていたらしいですが、本人はいたって誇らしげでした。その娘に、この前『どうして石で漬けるの』と聞かれて、うまく答えられなかったんです。子どもに一言で説明できないうちは、まだ本当には分かっていないということなんでしょうね。宿題をもらった気分です。家族が面白がってくれている限り、うちの挑戦はまだ健全なんだと思っています。」
ーー挑戦を躊躇している人たちの背中を強く押す言葉ですね。本日は長時間ありがとうございました。最後に、これからの意気込みをお願いします。
櫻井「こちらこそ、2時間もお付き合いいただいてありがとうございました。最後に一つだけ。世の中を変えてきたのは、いつだって計算の速いスマートな天才ではなく、自分の好きや直感を信じて、笑われながらも手を動かし続けた『バカになれた奴』です。うちの祖父が、まさにそうでした。僕たちの『隕石漬物』の挑戦も、まだ始まったばかりで、正直、分からないことのほうが多い。それでも2030年、日本のGDPが本当に倍になったとき、世界中の食卓に、宇宙から来た石で漬けた僕たちの漬物が並んでいる景色を、ぜひ楽しみにしていてください。そのときはまた、この塩と野菜のにおいのする工場で取材を受けますよ(笑)。」
櫻井 智一(さくらい・ともかず)
株式会社漬けまつげ 代表取締役社長(創業3代目)。東京のIT企業でマーケティングを担当した後、8年前に先代の体調不良をきっかけに帰郷し、経営難に陥っていた家業を継ぐ。当初は古参の職人に大反対されたが、初代の創業精神を全員で紐解いて一丸となって開発した、本物の隕石を漬物石に用いる「隕石漬物」で会社をV字回復させた。現在は「2030年までに漬物で日本のGDPを倍にする」を掲げ、海外展開と宇宙関連の共同研究を並行して進めながら、世界初の「宇宙発酵アグリテック企業」を目指す。月2回の相談会「塩揉み会議」を主宰し、地域の後継者育成にも取り組む。毎朝5時に樽の重石を見て回るのが日課。
株式会社漬けまつげ 初代が創業した老舗漬物メーカー。「隕石漬物」の発売に合わせ、3代目が現社名に改めた。伝統の木樽と、糠を使わず塩と重石だけで漬ける製法を守りながら、本物の隕石を漬物石に使う看板商品「隕石漬物」を展開する。主力の「小惑星セット」は3,980円、桐箱入りギフト「銀河」は1万8,000円。従業員は「隕石漬物」発売後の3年で12人から68人に増え、農家や木桶職人など取引先は120社を超える。海外輸出、無重力下の発酵に関する共同研究、体験型イベント「宇宙農業フェス」など事業を拡大中。